森田石材店ブログ - お墓のQ&A -
お墓を守るって、こんな方法もあるんだ
2026年01月29日 22:11
代表の森田です。久しぶりの投稿となります。
先日、友人の紹介で「お墓じまい」と「お墓の引っ越し(改葬)」を同時に行いました。 「墓じまいなの?引っ越しなの?どっち?」と思われるかもしれません。実は今回、とても素敵な事例があったのでご紹介します。
■「跡継ぎがいない」実家のお墓問題 ご依頼者は奥様でした。奥様のご実家には跡継ぎがおらず、墓守をする人がいないというお悩みがありました。 現地を確認すると、ご先祖様も多く、古い石碑が8本に五輪塔、さらに納骨式のお墓……と、たくさんの石塔が並ぶ立派な墓所でした。
通常なら、これを更地にする「墓じまい」を想像するところですが、ご夫婦が出された結論は驚くべきものでした。
■「広い実家の墓所」を活かすという決断 なんと、「実家の納骨式のお墓(カロート)を処分し、そこへ『嫁ぎ先(旦那様側)の先祖代々のお墓』を移設する」ことにされたのです。
おそらくご夫婦で何度も話し合われたのだと思います。奥様のご実家の墓所のほうが広いという利点を活かし、両家のお墓を一つにまとめる方法を選ばれました。
■安易に「合祀」を選ばない供養のカタチ もし自分が同じ立場だったら、この選択ができるだろうか? そう思うと、本当に素晴らしいご夫婦だと感動しました。
最近は「墓じまい」というと、すぐに永代供養墓(納骨堂)へ移して終わり、というケースも増えています。しかし、安易に合祀を選ばず、両家一緒に自分たちで供養し続ける方法を選ぶ。 まさに供養の形が多様化している、今の時代に合った選択だと思います。
■管理面もしっかり対策 もちろん、今後管理がしやすいように、墓地の中は防草施工(ファイバーレジン)で仕上げさせていただきました。草抜きのあのお手数を減らし、長くきれいに保てる仕様です。
「お墓をどうしよう」と悩んでいる方、こんな方法もあります。ぜひご参考にしてください。
雨の後には良い天気
2025年12月19日 08:00
こんにちは、本店スタッフです。
私は森田石材店ブログのネタ枠だと思っているのですが、今回はあまり楽しくない話題です。
先月父が亡くなりました。
私、まだギリギリ30代。親が亡くなるのはもう少し…いやもっとずっと先の話と思っていました。
1年半ほど前には病気が発覚していて余命宣告もされていたので、心の準備はそれなりに出来ていましたが、それでも人が死ぬ時はいきなりです。
森田石材店には葬祭事業部がありますので、世間一般の方に比べれば日頃からお葬式の事を考えて生きています(もちろんですが、父の葬儀は森田石材店葬祭部・もみじ市民ホールでお世話になりました)
近い将来お葬式をすることになるのだから「私ならこういうことがしたいなぁ」というのも、結構考えていました。例えば、家で飼っていた猫たちが大好きだった父のために歴代の猫の写真を集めたパネルを作って飾ってもらおう と決めて少しづつ制作を進めていました。
父が亡くなる前日、私は仕事が休みでした。一週間前までは普通に会話も出来て、這いながらでも自力でトイレに行ってたのに、この日は明らかに容態が悪くなっていて、痛み止めを飲ませてあげるために父の顔を見た時に「あ、これは明日急いでパネル完成させてしまわないと」と感じました。でも、次の日の早朝には亡くなっていたわけです。
パネルのデータは会社のパソコン内にしかないので、家で作業を進めることもできず。会社に取りに行ってもよかったのですが、ほかの方に気を使わせてしまいそうだから会いたくないなぁと思い諦めました。
これに関しては、もう後悔はしていないのですが「絶対、これをしてあげたい!」という計画・思いがある方。後回しにせずにしっかり準備をしておきましょう。
あとは、実際にお葬式をしてみて思ったこと。
葬儀の日になると父が亡くなってからもう3日目。悲しみより疲れが勝っていました。
そのせいか涙腺の弱さで私の右に出る者はいないのに、この日は一切泣かずに過ごしました。こんなことを言うと「親が死んだのに薄情者だ!」と思われるかもしれませんが、泣きじゃくって無茶苦茶になった状態ではなく、お葬式もお別れの時間も収骨も全部しっかりとした状態で行うことができたし、色んな場面をちゃんと記憶に残せたので私は非常に満足しています。
ずっと昔「年取って醜態を晒したくないから、そうなったら安楽死にしてくれ」と言っていた父。「こういうこと言う人こそしぶとく長生きするんやで」と思っていましたが、人生はどうなるかわかりません。
私自身は「お父さん大好き!」というキャラでもなく、子どもの頃は怒りっぽい父が怖かったし、大人になってからはこだわりが強く妙なマイルールを押し付けてくる父を鬱陶しいと思うことが多かったです。
それでも、私にとっての父はこの人だけです。
葬儀の二日後には仕事に復帰して、すっかり元気に過ごしていますが時々急にスイッチが入って涙が溢れる時があります。
きっとこれは一生直らないんだろうな。

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経本も色々
2025年10月26日 08:00
篠山店のスタッフです。
経本や御詠歌が収録されたCDをご購入される方が時々いらっしゃいます。そんなものがあるのかと感心していたら、実家の仏壇に経本を唱えてくれる人形があるのを思い出しました。

これは通販で購入した物ですが、南無妙法蓮華経…と経本にあるそのままを同じように唱えてくれます。
男性の低い声で、機械的な声ではないように思うので、どこかのご住職の声が録音されているのか、それともご住職を真似て録音しているのかわかりませんが、この商品を見つけた時、家族みんなで良いものを見つけたと即購入しました。
CDやカセットテープも販売されているので珍しい物ではないようですが、当時はレア商品を見つけた気分でした。
祖母がいた時は、毎朝のおつとめでお茶のお供えと共にお経と木魚の音が聞こえていました。
祖母が亡くなりしばらくは父が率先しておつとめをいましたが、いつの間にかこのご住職人形に代わり、そしてそんな時もいつのまにか終わってしまって…
最近では、この人形の活用頻度が減って、お仏壇の一番上の端の方に追いやられています。が、存在感だけはしっかりあるので、お仏壇に鎮座しています。
我が家は日蓮宗なので、御詠歌というものはありません。
お経といえば南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経と唱えているものしか聞いたことがありませんでした。
でも宗派が違えば、色々な経本がありますね。
御詠歌を初めて聞いたのは母方の祖母が亡くなった時でした。テンポがよく耳に残るようなリズム感で、少し楽しみにしながら通っていたような記憶があります。
あるご住職が「昔は法事といえばおじいさんおばあさんが孫を連れて来てな、その頃は今みたいにスマホやゲームもなく、おじいさんやおばあさんが出かけようとしたら、何処行くん?暇やから自分も行く!みたいな感じで、正月や盆よりも法事で家族親戚がみんな集まっていたわ」
「子供達も行ったらお菓子ももらえるから嬉しそうに来るしな」と懐かしそうにお話されていました。
今は法事といっても、みんなが揃うことは難しいともお話されていました。
そのお話を聞いて、母方の祖母が亡くなった時の事を思い出しました。
初めて聞く御詠歌に、今まで出会ったことのない親戚、
母を小さい時から知っている人たち、初めて母親の顔とは違う母を知る、そんな何とも不思議な気持ちになったのを思い出しました。
親戚が一同に集まったのは、あれが最後だったように思います。
それも20年ぐらい前のことなので、今では本当にみんなが揃うのは難しいように思います。
私が常識で育ってきた事が私の子供達世代では理解されないことも多々ある中で、変化を受け入れながらも大事にしたいと思うものは、形を変えてでも残していけたらいいなと、ご住職のお話を聞きながらそんな事をふと思いました。
お彼岸を過ぎても彼岸花
2025年10月03日 08:00
こんにちは
滝野店事務スタッフです
「暑さ寒さも彼岸まで」と言いますが、まだまだ日中はお彼岸を過ぎても暑いですね。
最近はバタバタしていたので、彼岸花が咲いているのにも気づかず過ごしていました。
先日急に彼岸花を見たくなり、知り合いの人に聞いた「曼珠沙華の里」を訪ねることに。
見頃はもう過ぎていて枯れかけていたのですが、
それでもあまり見ないピンクや白、黄色の花を見ることが出来て満足しました。
曼珠沙華を私は「マンジュシャカ」と言い、母は「マンジュシャゲ」と言います。
どちらが正しいのかと調べてみると、「曼殊沙華」と「曼珠沙華」読み方だけでなく漢字も違う!
曼殊沙華
仏教の経典に由来する言葉で、サンスクリット語の「mañjūṣaka」が漢訳されたもの。
この花は、釈尊の説法や吉兆の際に天から降る「四種の天花」の一つとされています。
天上の花としての象徴的な意味を持ち、特定の植物を指すものではない。
仏教の文脈では、天界の出来事を祝う花とされている。
曼珠沙華
仏教の経典からの言葉であり、曼殊沙華と同じくサンスクリット語に由来します。
日本では特にヒガンバナを指すことが多いです。
花の美しさや神秘性を強調するときに使われることが多く、文学の中での表現としても見られる。
基本的には同じ彼岸花を指すことが多く、仏教的な背景を持つ花として日本の秋に特有の意味を持つ花です。
又、「家に持ち帰ると家事になる!」と言われる花ですが、
彼岸花の根には強い毒があることから、子供が誤って口に入れないようにとの思いから広まったものです。
天界の出来事を祝う花なのに、不吉なイメージが可愛そうですね。
毒があっても綺麗な花なので、来年はもう少し早く見に行こうと思います。


オフィス街のパワースポット
2025年05月19日 08:00
こんにちは、本店スタッフです。
東京旅行記もこれで最後です。
最終日に私が向かったのは、大手町駅から歩いてすぐのパワースポット「将門塚」です。
平将門は日本三大怨霊の一人。首塚を取り壊そうとすると不吉な出来事が起きる話も有名で、普段は臆することなくカメラを向ける私ですが、さすがに今回はちょっと躊躇しました。

まあ、念願叶ってやっと来れた場所なので人の目は気にしつつ写真はいっぱい撮りました。
平日の午前中に15分ほど滞在していましたが、手を合わせに来る人は途切れることが無かったです。
「お願いごとをする際にお供えをすると更に良い」という記事も見かけましたが、2021年の改修整備以降は お供え物や線香台の使用は禁止されていますのでお気を付けください(お賽銭はOKです)
ずっと来てみたいと思っていましたが、学生時代 ろくに勉強をしてこなかった私は将門さんが何をした人かは……わかりません。すみません。
(※平将門は、平安時代中期の武士で10世紀前半に関東地方で反乱を起こした人物です。貴族社会に反発し「新皇」と名乗って独立政権を樹立しようとしました。これが「平将門の乱」です。朝廷に反逆したとして討たれましたが、後に英雄視され関東の民衆の間で信仰の対象にもなりました)

後ろには五輪塔。サイドには蛙の置き物が置いてあります。
京都でさらし首にされていた将門の首が、飛んで関東のこの地に帰ってきたという伝説から「帰る→カエル」ということで以前は蛙の置き物もたくさん奉納されていたそうです。

ビルが立ち並ぶ大都会の中に突如現れるので、上を見上げればこんな風景。
霊感などスピリチュアルな能力は一切ない私ですが、お参りを終えた後自然と涙が出てきて帰り道は不思議な気持ちで胸がいっぱいでした。
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時間が前後しますが、今回の旅行でもう一か所訪れたのが東郷神社です。

大体、神社を検索する時は【神社 縁結び】になりがちな私ですが、もう散々お願いしに行っているので今回は趣向を変えて勝負運のご利益があるところへ行って来ました。人生は勝負の連続ですからね。負けてられません。
原宿駅から若者や観光客が溢れるキラキラ竹下通りを横目に、少し歩いたところにあります。

かくっとしたモダンなデザインの狛犬!珍しいデザインだな~と思っていたのですが、実はこれ狛犬ではなく獅子像なんですって。
東郷神社に4体いるライオンちゃんたちは、もともとは1921年に東京築地の海軍参考館の前に建てられた「有栖川宮威仁親王銅像」の台座の四隅に設置されていました。
それが戦後、高松宮宣仁親王によって下賜され、東郷神社にやって来たとのこと。
ひとつ賢くなりました。
ちいさなトンボ玉のストラップが入った恋みくじは大吉 やったー!

こんな感じで、趣味と仕事の境目が無いおかげで行きたいところ行ってブログのネタも出来て一石二鳥な楽しい東京旅行でした。
オマケ↓↓
渋い写真が続いたので、映えそうなご飯を載せておきます。東郷神社からの帰りに京橋千疋屋で食べたフルーツカレーです。

初めての納骨手伝い
2025年04月21日 08:00
初めまして滝野店の小野です。
先日初めて納骨のお手伝いをさせていただきました。
納骨のお手伝いって、どういうことをするの?とお思いの方もおられるかもしれません。
納骨のお手伝いとは、お骨をカロート(納骨堂)に収める作業を親族様と一緒にさせていただきます。
納骨で一番大変なのは水鉢を傾ける作業になります。水鉢はお墓の大きさにもよりますが大体70~80㎏ぐらいあります。
非常に重いですので、自分たちで動かすのは不安という理由で依頼されるお客様が多いです。

何度か上司の納骨手伝いに同行してきましたが、遂に1人でお手伝いデビューです。緊張と「もし何かの拍子に水鉢を落としてしまったらどうしよう…」という不安でいっぱいでしたが、無事やり遂げることができました。
お手伝いが終わってから自分の中で少しではありますが不安が自信に変わった様な気がしました。
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ホーンテッド地蔵
2025年04月18日 08:00
こんにちは、本店スタッフです。
私の東京旅行記第2弾です。
幽霊地蔵さんの次に会いに行ったお地蔵様は、台東区橋場・松吟寺の「お化け地蔵」さん。
今、ブログの為に住所を調べていて、あそこがお寺だったことを初めて知りました。お寺っぽい建物は無く、お隣もてっきり民家だと…。
もともとは総泉寺というお寺がここにあって、総泉寺の庵室(僧侶の住まいのこと)が「松吟庵」という名前だったようです。
総泉寺は昭和4年に板橋区へ移転して、残されたお化けお地蔵様と松吟庵が松吟寺に変わった という流れでしょうか。

お化け地蔵を翻訳するとHAUNTED JIZO!ピンの写真を撮ってくるのを忘れましたが、左端に写っている常夜灯は1790年のもので、こちらも歴史を感じる素敵な雰囲気でした。
さて、なにが「お化け」なのかと言うと…


サイズがとても大きい!
いわゆる「お化けカボチャ」のように規格外のサイズのものをお化け〇〇といった言い回しをする、あれです(被っていた大きな笠が向きをかえたから という理由もあるみたいですが)
高さは3mほど。でも、写真だと大きさがあまり伝わらない気がします。悔しい。実際に目の前に立つと「でっかい!」ってなりますよ。

関東大震災の時に折れてしまったそうですが、真ん中あたりにあるヒビがその痕跡でしょうか。頭部は新しくなっているので、肌の滑らかさが違いますね。
浅草寺から私の体力でもギリ歩いて行ける距離でした。また、途中には以前紹介した招き猫と縁結びで有名な今戸神社もあります。
ぜひ、実物を見て驚いて欲しいです。
次回は、私がずっと行きたかったパワースポットの紹介です。
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渋い写真が続いたので、これはオマケ。
神社仏閣以外で唯一行きたかったスポット、銀座にある文具店「伊東屋」で消しゴムのバイキングをやっていました。
こんなセットもあったので迷わず購入。


勿体なくて開封できていないのですが、小さな灯籠が並んでいてかわいいです。
卒業生
2025年03月28日 09:30
代表の森田です。
二人の研修生が巣立っていきました。おめでとう半分、やっぱり寂しくなりますね。
最終日はご両親がお迎えとお礼に来られ、ささやかではありましたが修了証書の授与とそれぞのエピソードのスピーチなど・・・大変盛り上がりました。


私も約40年前に同じ様に父と母が迎えに来てくれたことを思い出します。「帰れる喜びと寝食共にしてきた同僚や後輩と別れる寂しさ」そんな思いでしたね。
お二人にとっては経営者としての出発、新たな悩み事もいっぱい訪れると思いますが、楽しみに変換して乗り越えてほしいです。
さて、森田石材店が送り出した研修生は延6人となりました。そろそろOB会も出来るかな?そんな思いです。
幽霊さんに会いたい。
2025年03月21日 08:00
こんにちは、本店スタッフです。
ありがたいことに、出張へ行かせてもらえることになり約2年ぶりに大都会TOKYOの地を踏んできました。
1日目に仕事を終えて、2日目からの自由時間をどうするかと、考えた時に
原宿へ行ってカラフルなお菓子を食べるほど若くもなく…
秋葉原や中野へ行ってサブカルを堪能するほどオタクでもなく…
少しずつ増やしてきた「行きたい場所リスト」は神社・お寺・お墓ばかり。
そんな私の東京旅行記を数回に分けてご紹介いたします。
まずは、リストの上位にいたお地蔵様に会いに行きました。

港区高輪の光福寺さんです。
品川駅から歩いている途中で中国人のおじいさんに「高野山 東京別院」への道を聞かれ、Googleマップで調べると光福寺のほぼ隣だったので一緒に歩いて行きました。徳を積みましたね。
東京別院も非常に興味がありましたが、私の目的は光福寺の幽霊地蔵様に会うことですので、今回は我慢しました。
なんで幽霊と呼ばれるようになったのかというと、このような言い伝えがあるからです。
- 江戸時代。光福寺近くの飴屋さんに毎晩赤ちゃんを連れた若い女性が買い物に来ていました。
雨が降っていても傘を差さずにやって来るので、不思議に思った飴屋の店主が女性の後をそっとついて行きました。
女性が光福寺の中に入って行くのを見た店主は、今度はお寺の住職と一緒に女性の後をついて行きました。
するとお地蔵様の前で、女性の姿は消えました。
住職はそのお地蔵様を毎日供養すると、それからパッタリと女性が現れなくなりました。


これが幽霊地蔵様のお姿です。
先ほどの女性の幽霊のお話とは別に、このようにお地蔵様自体が風化してしまってまるで幽霊のような姿になっています。
品川沖からあがったと言われるこのお地蔵様が、亡くなった母親の代わりに子どもを育てたという伝承から、本来は子供が丈夫に育つように見守ってくださる子安地蔵様なのです。

幽霊地蔵様の向かいには開運稲荷。お寺とお稲荷様の両方があるなんてお得ですね。お願い事をして、お墓を見て帰りました。
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あ、ちなみにこれは品川区大井にある光福寺さんです。
ここがどうしたのかって?
名前が一緒なので間違えて行ってきました!
いやいや、品川駅を経由する点や近からず遠からずの絶妙な距離だったので、本当に中に入るまで気づきませんでした。
こちらの光福寺さんには、大井の地名の由来となった井戸があるそうです。私は後から知ったので見れていません。もし間違えて行ってしまっても、どうか井戸だけは見て帰ってください。
次回も、お地蔵様に会いに行きます。
バレンタイン
2025年02月12日 08:00
本店の垣崎です。
もうすぐバレンタインですね。
子どもがお友達に渡すようにチョコのお菓子を何個か買って詰め合わせを作りました。
何を入れようかと悩みながら買い出しをしていると
「月の小石チョコレート」が目に留まり購入しました。

月の小石チョコレートは見た目が石の形をしたチョコで石チョコやストーンチョコとも言われています。
小さい頃はたまに食べていた記憶はあるけれど、大人になってからは手に取る機会が減っていた石チョコ。
バレンタイン用に分けて残った石チョコを久しぶりに食べてみました。
周りはマーブルチョコのように、コーティングされているので手で持っても手にチョコが付きにくく、中身は美味しいミルクチョコレートで食べだすと止まりません。

チョコレートを石の形にするなんて面白い発想です!!
最近、バレンタインは誰かに送るだけではなく、自分へのご褒美にチョコを買う人も増えているそうです。
みなさん今年はどんなチョコを食べますか?
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